木村貴

学生時代、経済学をかじったことのある人はこう思うかもしれません。「経済学は社会科学の中では自然科学に近い学問。だって自然科学と同じように数学を駆使しているから」 たしかに今の経済学の論文や専門書は、同じ社会科学に分類される法学や政治学、社会学などと異なり、まるで物理学のように数式や記号にあふれています。経済学者自身、数学に基づく厳密な学問であるという誇りを込めて、経済学を「社会科学の女王」と呼ぶことがあります。 経済学が数学を多用することには理由があります。自然科学の手法をまねてきたからです。物理学者の長沼伸一郎氏は経済学で用いる数学について「物理や天体力学の世界で成功した数学技法で使えそうなものを寄せ集めて作られた」と指摘します。 しかし肝心なのは、経済学が自然科学の手法を模倣することで、自然科学と同じような成功を収められるかどうかです。 ニュートンが自ら考案した数学の微積分に基づき理論化した力学の法則は、今でも通信衛星の軌道計算、ミサイルの誘導、津波や地震のシミュレーションなどで幅広く活用されています。アインシュタインが発見した相対性理論のおかげで、GPSによって現在位置が正確にわかります。 これに対し、経済学はどうでしょうか。毎年、ノーベル経済学賞が発表されるたび、学問上の業績がうやうやしく紹介されますが、その業績が実際に人々の暮らしを豊かにしたり、経済危機を防いだりしたという話は聞いたことがありません。